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東京高等裁判所 昭和36年(ネ)1167号 判決

控訴人 岩本平

被控訴人 国 外二名

代理人 宇佐美初男 外一名

主文

原判決を次のとおり変更する。

被控訴人らは各自控訴人に対し金三万円及びこれに対する被控訴人国については昭和三十年十二月三十日から、被控訴人東京都については昭和三十一年一月六日から、それぞれ完済に至るまで年五分の割合による金員の支払をせよ。

控訴人のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの連帯負担とする。

本判決は控訴人勝訴の部分に限り仮に執行することができる。

事  実(省略)

理由

当裁判所は控訴人に対する本件緊急逮捕、留置、逮捕状請求逮捕状発布、勾留請求及び勾留状発布、これに基づく留置の開始については当該公務員に過失があつたことを認めることができない。その理由は原判決理由中に詳細説示してあるとおりであるから、これをここに引用する。(原判決理由一枚目表二行目から五枚目表六行目まで、ただし一枚目表十行目「翌一五日」を「同日」と訂正する。)

しかしながら一旦勾留状が執行された後でも勾留の理由がなくなつたときは勾留取消、釈放の手続をとらなければならないのでその点を更に審究する。

成立に争のない乙第三号証、第五十号証、第五十六号証、原審及び当審証人鈴木清、当審証人築信夫の各証言を総合すれば本件強盗強姦殺人犯人が被害者の体内に遺留した精液については昭和三十年三月五日の犯行後間もない頃すなわち控訴人の逮捕前すでに警視庁において鑑定の結果その血液型が判明しており、一方控訴人については同年七月十一日逮捕後同月十五、六日頃にはその血液型の鑑定が行われ、その結果によれば控訴人の血液型は犯人の血液型と異ることが判明し、なおその頃には控訴人と犯人との足紋の相違も明らかとなつたことを認めることができる。従つてその時以後は控訴人が犯人であることは極めて疑わしいものとなつたのであり、換言すれば勾留を維持すべき相当な理由は消滅したものということができる。

被控訴人らは当時なお共犯者の存在する疑があつた旨主張するけれども、当時そのような疑があつたとしてもその疑を維持するに足りる相当な理由があつたことは本件証拠上必ずしも明らかでないのみならず、本件事実関係によれば、本件犯行の直接実行者はいわゆる私立探偵であることは当時疑を容れなかつたものであり、控訴人はそれまで私立探偵その人に問擬されて勾留状の執行を受けていたもので私立探偵の共犯者に問擬されていた者ではないから、控訴人が右私立探偵と別人であることが判明した以上控訴人に対しては勾留を維持すべき理由は消滅したはずである。それにもかかわらず直ちに勾留取消、釈放の手続がとられず同年七月二十三日まで控訴人が留置されたことは、留置期間の少くとも最後の五、六日間については違法であるとしなければならない。

そして前掲各証拠、成立に争のない乙第八十三号証及び弁論の全趣旨によれば、右のような結果となつたについては、被控訴人東京都の担当警察官から検察官に対する送付記録中に「診察所見」と題して被害者の体内に犯人の精液遺留があつたか否か疑わしいような記載ある医師作成の書面(乙第三号証)が添付されているにかかわらず犯人の遺留精液の血液型を明示した鑑定書その他の報告書が記録に添付せられず、検察官においてこれを検討する機会の遅れたこと及び被控訴人国の検察官において右鑑定書の存否を警察官に対し深く追及しなかつたことが一因をなしていることを認めることができるところ、控訴人の釈放が遅延したことについては、従来控訴人を犯人と疑う最も有力でかつ殆んど誰一というべき賃料であつた面通しの結果を再吟味するために若干の時日を要したことは認められるけれども、それは血液型の相違という高度の反証の存在と対照すれば釈放遅延の相当な理由とは認め難く、他に釈放遅延の相当なことを首肯できる事情は本件における全証拠によつても認めることができない。従つて控訴人に対する留置期間中の違法なものについては、その留置は被控訴人らの公務員の過失によるものというほかはない。

右のように控訴人の釈放が違法に遅延したのは僅々数日間ではあるけれども、それにもかかわらず控訴人がその間の違法な強制処分により精神上多大の苦痛を被つたことは当然でありまた当審における控訴人本人尋問の結果によつてもそれは明らかである。そして原判決説示の事実関係と前顕乙第八十三号証により認め得るその後本件の真犯人が他に発見され昭和三十一年十二月二十七日その者に対する死刑の判決の言渡があつて控訴人の無実であることが客観的に明白となつた事実、その他本件弁論の全趣旨及び証拠上認めることのできる諸般の事情を参酌し、控訴人の右精神上の苦痛は被控訴人らより連帯して金三万円の支払を受けることにより慰藉されるものと認めるのが相当である。

よつて控訴人の本件請求は、被控訴人ら各自に対し金三万円及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日たること記録上明白な被控訴人国については昭和三十年十二月三十日以降、被控訴人東京都については昭和三十一年一月六日以降各完済に至るまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があるからこれを認容すべく、その余の請求は理由がないから棄却すべきものとし、右と結果を異にする原判決はこれを変更し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九十六条第九十二条を適用し主文のとおり判決する。

(裁判官 小沢文雄 賀集唱 池田正亮)

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